キラキラでいこう

窓口で仕事をしている時に、ブラジル人の方から「漢字は読めない」と言われたことがあって、内心「いやあ俺も読めないよ」と思ったことがあります。
中国語では漢字に対応する音は一種類だけだそうです。これならばすべての漢字を知っていれば「読める」ということになりますが、日本語における漢字の発音は複数あるので、漢字が読めるかどうかってのは、前後の文脈に合致したその漢字群の読み方を知ってるかどうかってだけの話になる。地名などが顕著ですが、例えば私たちは「東京」のことを「とうきょう」と読むことを知っているから読めるだけであって、知らなければ「とうけい」なのか「ひがしきょう」なのか普通読めるわきゃーないんです。*1
そんなわけで、戸籍の仕事の話。人が生まれると、市役所に出生届を出さなきゃいけないんだけど、まあそこで人の名前が決まるわけね。この名前ってのも何でもいいってわけじゃなくて、「子の名に使える漢字」という決められた漢字と常用漢字とひらがなカタカナのみがオッケーなわけなんだよね。割と少ない。そこでまあオーソドックスに漢字の名前をつけたとするじゃないっすか。漢字の名前?読めるわけないじゃん!当然なので、余計なことではありますが、名前の上に(よみかた)という欄がありまして、ここに読み方を書いてもらうんですね。
(よみかた)、なわけでして、日本には当て字ってのも普通に多い。珈琲(コーヒー)、明日(あす)*2、煙草(たばこ)。こんな字読めますか!!まあ読めますよね。でも知らなきゃ絶対に読めない。知ってるだけだ。つまりね、漢字と読みの相関ってのは相当に空気感溢れるもので、(よみかた)ってのは「こう読むんですよ」っていうだけのことを表している。
ちなみにこれは永続的な名付けですらない。(よみかた)は出生届に書かれるが、戸籍の記載に必要なものではないので、このまま捨てられるも同じ。戸籍事務ではその後永遠にでてきません。捨てて住民票の事務が拾う。
拾った(よみかた)なので住民票事務から見ても、これは公式なものではない。拾ったものをたまたまつけているだけなので、あとで本人が「やいこのやろう、俺の名前はこう読むんだ!」と市役所の窓口で言っていただければ、割とすんなり住民票の読みは変えれるはずです。どっちにしろ公式なものじゃないけどね。ノヴァの社長が「さるはし」から「さはし」に変えたとか、「はしした」という人が「はしもと」に変えたという話が巷間囁かれます。
そんで実はこんな曖昧な「読み」というものが公的になってしまうマジックなタイミングがありまして、それがパスポートの発行です。住民票の読みがアルファベットに変換されるという、ものすげー力技のマジックが発動されます。これによって割とその人の名前の読みが決まってしまう感じはあるんですが、それまでは超アバウトなままです。
てなわけでDQNとかキラキラとか呼ばれる「最近の若いやつはけしからん(by古代エジプト壁画)」問題ですが、私は実に合理的というか適合的というか、みんな戸籍のことよく知ってるよ、と思うわけです。名付けの本見てもよくできたもんで、ルールばっちり守ってる。アルファベットでichiroとかつけましょうとか書いてたらふざけんなと思うけど、ちゃんと不律(ふりつ)とか類(るい)とか茉莉(まり)とか杏奴(あんぬ)とか書いてあるもん(ここに適当に挙げたのは森鴎外の子どもの名前で、名付けの本を見たわけではありませんごめんなさい)。
何か強そうな名前とかすげーと思うんだよ。ヘンとかツクリとか盛っちゃって、あれってでも子の名に使える漢字の中から選びぬかれてんだぜ。全部で3000文字ないんだぜ?ちなみに僕が名付ける時は、この3000字を凝視しました(結果小1で習う漢字になりました)。
読めない読めないっていうけど、僕はこの世に読める漢字なんて一つもない。よみかたを知ってる漢字はあるけどね。子の名に使える漢字が3000字で、よみかたは無制限で、昨今は特に、実にこの2つのルールを活用した名付けになってるな、と思うよ。
で、これそもそも日本語が変わっていっている、ということだとも思うんですよ。私から言わせてもらうと、ほんとに読めないのはおばあちゃんの変体仮名なんで。若い人は3000文字の漢字に含まれてるから変換もできるし、読みはよみかたが振ってあるから絶対読める。でも、変体仮名は変換できないから。まあ普通の仮名に変換していい、という場合もあるけど。
で、読めないのは中高年にも普通に多い。何なんだろうね、漢詩の素養でも要るのかね。読めないすよ。子の名に使える漢字に制限のなかった時代だから知らない漢字も一杯あるしね。時代によって「まさきち」なのか「まさよし」なのか「ただよし」なのか「ただきち」なのかもう全然違うし。
日本語が変わってきた、というのは漢字と読みがさらに切り離されてきたってこと。というか多分漢字に音読み訓読みをふるような読み方が限界に来ているのかもしれないけど、ハイブリッドにそんなの混ぜてこうぜ意味ないし、結局知らない漢字は読めないんだぜ、っていうのが進んできている、というような気がする。そもそも文字の書き方がRO-MAZIDENYUURYOKUSITENNDAKARA。ひらがなもカタカナもキーボードの前では子音と母音に分解されてるわけでしょう。
というわけで僕は読めない名前に賛成です。でも自分の子どもには読める名前をつけましたてへぺろりんちょのとっぺんぱらりのぷう。

*1:あ、思い出してきた。さっきのブラジル人がなんで「漢字読めない」、って言ったのか。基本的に日系人である彼らは、場合によっておじいちゃんの戸籍を取り寄せないといけないことがある。そこでその戸籍がある市町村に郵便を送るのだが、まあその合併とかあって、彼らが持ってる資料(古い戸籍とか)から、そこの市町村名がわかんなかったりするのね。当時の市町村名がまず読めない。というような思い出があったなあ。

*2:これは熟字訓というらしいね