ところでスポットライトが外れたところにいつまでも予算がついたりすることって幸せなんでしょうか。それらを使いこなすのは大変で、さらにそれを操るのも大変だろう。僕はよくわからないけれども、うまいこと操ったはずの人が逃げ切り手前で捕まってしまったりするのはどういうことなのだろう。
隠れ切れればよかったのか。それとも表舞台でなすべきことがあるのか。
うちの持っている田んぼはどうやら小麦が植わっているもようだ。やる気が感じられないのは草が割と混じっているから。日本で、しかも遠州で、小麦農家なんかがいるとは思えないが、減反とか補助金とかそういうことがあるらしい。こういう隠れている話って、非農家である人から見たら積極的に反対することはなくても、消極的に反対したい話だったりする。
そもそも何かの政策に反対とか賛成とか言う人たちがそれによって直接利益を得ている人たちだったりして、回り回ったのちに影響を受ける人たちが声を上げることは少ない。地球のみんな、オラに元気を。元気玉は強いけれども、メディアを使ってここぞのところで発現されるだけだ。
何というか、この国に暮らす人たちが、悲しい歴史を負ったような気もする。これについて何かを言うにしろ言わないにしろ。