こないだの日記はちょっと変なことを書いていた気もするのでちょっとエクスキューズ。「組合として必要ない」のではなく、「個人としては必要ない」。もちろん懐疑的ではあっても僕は組合を必要としている(組合に入っているのだからね)のだからそういうことです。数になることが重要です。政治の場で例えば郵政民営化に対して反対票を投じた自民党の議員がいましたけれども、党に入るということは全員が賛成票を投じることだと思います。それが力でしょう。
そして組合の集まり、まあ「全体集会」という名前だったんですが、出席者は全体の1/10もいなかったんではなかろうか。数に任せるのだから内容は問わないってのもあるとは思うけど。
つまり僕を組合の力としての1票に使ってくれるのはいいけれど(組合の決定には全て賛成する)、僕がその引っ張ってく側に回ることはきついなあという実感。20代でいわゆるパラサイトシングルの僕らが一番負担の少ない世代だってことはわかるけど、それなら負担の多い人達は組合に積極的に参加して動かしたらいい。仕事でもそうだけど、同じ働きをしていて給料が安い、福利厚生を必要としない僕達が組合でまで声高に言うことはない。
不公平だ、って言いたいわけじゃないけどそれを活用する人達がもっと頑張って欲しい。