路面電車ルネッサンス 宇都宮浄人 (新潮新書
ちんちん電車からLRT(ライト・レール・トランジット)へ。
路面電車とは決して哀愁を感じさせるただ古いだけのものではない。欧米では都市交通の新しい主役となり新たに建設が進む。路面電車には都市交通としての様々な利点があるがここでは詳細は省く。
この本の中で車と公共交通を比べる稿がある。道路は税金で作られるが、線路は鉄道会社が作るのだとしたら公平な競争が行われているとは言えない。
電車が料金上、競争しなければいけないとしたらガソリン代である。しかし実際車の運用コストはもっとかかっている。事故の危険によって保険料が必要だし、道路の施設には税金が必要だ。渋滞が起これば時間的損失である。
この中で都市交通をどうするか、と考えた時に道路を作るお金と渋滞の問題を考える必要がある。つまり、道路の施設と同様に、公共交通を整備する時には補助金をかけてもよいし、渋滞を緩和するために公共交通を整備することに車使用者に負担をしてもらうこともありえる。
さらには都市交通を考える際には、今後の都市の姿を考えることも大事である。地方都市では都市が空洞化し、郊外ショッピングモールなどに車で出掛けるというのが一般化している。そこで都市に求められるものはなんだろう?
やはり「集積」という面では都市にも利点がある。品揃えがよい店、種類の豊富な店、こういったものを実現させるのは都市ならではのことなのではないか。
公共交通が整備され尚且つ安ければ都市に行きたいという人は多いと思われる。こういった人々が公共交通を使うことで、車を使う人達も渋滞の緩和などといったメリットを得ることができる。

そしてその公共交通の一つの選択肢が路面電車、ということなのである。


追記:
公共交通を整備することによって通勤が公共交通で行われやすくなる。もし公共交通で通勤するほうが車で通勤するより総合的(時間やお金、健康など)コストが安くつくのなら、通勤に車を使う必要がなくなる。
往々にして車通勤というものは渋滞を作り出す。それに対し、電車のような公共交通の方が渋滞には対処しやすい。
本来、同じ時間に同じ方向に進む、という輸送方法に関しては公共交通のほうに軍配が上げられるはずである。つまり通勤は公共交通と親和性がある。向いている。
通勤の車から公共交通への乗り換えが進めば渋滞は解消される。これは車で通勤する人にとっても便益である。そのためのコストを税金で補填することに意味はあるだろう。
車というのは所有するコストより、運用するコストの方が安い。だから人は車で通勤するのである。これがガソリン代が値上げされて車の購入に補助金がつくようになれば話は違うだろう。
もしそうなった場合、車をステータスとして持ちたい人、週末にドライブに出掛けたい人は車を持てばいい。そして運用に対してコストがかかるのだから通勤は公共交通で済ませばよいだろう。そういう棲み分けが進むことは選択肢が増えることであるからよいことではないだろうか?