僕がサイトをやるようになったり日記を書くようになったのは「パソコン」というものの形態に拠るものなのではないか、という仮説を考えた。
インターネットへ接続するツールがパソコンではなく例えばドリキャスだったらまったく違った接し方になっていただろうと思う。
パソコンというツールは「文字入力」を中心に考えるツールであり、ネットをブラウジングするために最適化されているとは言えないだろう。つまりパソコンを使っている限り、人は文字入力の方向へ行かざるを得ず、結果、文字処理に特化したサイトなり日記なりになる。
もともと「機能が強化されたマウスのようなもの」だけでネットをブラウジングするツールがあったとしたらこれほどまでに各人が文字にこだわることもなかったのではないかなあと思ったりします。
つまりはテキストサイトはキーボードの産物である、と。